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1985年6月23日、F2級のたつまきが北九州の小倉にある私の実家(私の弟、碩也の住まいでもある)の5Km北に発生した。読売新聞の岡部カメラマンは買い物に行く途中、近づいてくる暗い雲の周りをたくさんのトタンや瓦が舞っているのを見かけた。写真を撮ったあと、彼は近づいてくるたつまきを避けるため、車を100mほど下げなければならなかった。
日本は地震と豪雨の地である。弱い振動は建物そのものにはダメージを与えないとしても、瓦がゆるんで雨漏りを引き起こすことになる。その結果、トタンの屋根が広まり、さらに雨に濡れないように、そのトタンの屋根をもう少し延ばしてひさしをつけるようになった。
もちろん、こうして長く延びたひさしつきの屋根は、渦を巻きながら上昇していくたつまきの風には滅法弱いというわけである。
たつまきの起こった数日後、私は弟に車と徒歩による被害調査をするように頼んだ。彼の調査結果によると、たつまきは住家の密集している地域を通りながら、モノレール、日豊本線、日田彦山線を横切って、3.2Kmの距離を移動したようだ。このたつまきで、277軒の家屋が被害を受け、飛んできた材木に当たって1人の女性が怪我をした。
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小倉たつまき
1985.6.23 14:23
岡部カメラマン撮影
(読売新聞西部支社提供)
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